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人生に絶望した人へ 五体満足で生まれた人はまずそのことに感謝しよう

撮影:Takaaki Yamada

前回は「絶望から抜け出すための四つの処方箋」を述べましたが、心の持ちようを変える方法として、もう一つお勧めがあります。もしかすると、ネガティブ方向へと向く思考の矢を、180度転換する方法かもしれません。

昔、私が新宿を歩いていた時のことです。背後からスケボーの「ザーッ」という音がしました。「まったく歩道でスケボーを乗り回すとは・・・」と思っていると、なんとスケボーの上に上半身を乗せた男性が私の視界の下を潜り抜けていきました。後ろ姿しか見ていませんが、彼は白人の青年で、脚がないというより、ヘソから下の部分が切断されたかのように存在せず、両手でスケボーを“漕いで”いたのです。

このように、世の中には、極端に肉体的なハンデを背負っている方がいます。そういえば、『五体不満足』を記された乙武さんもそうですね。

五体満足で生まれた人(という表現には問題があるかもしれませんが、とりあえず)は、まず自分がいかに恵まれているかを認識すべきではないでしょうか。人間はつい他人が持っているものを見て「自分にはない」と不満を漏らしますが、その前に、改めて自分がすでに持っているものを自覚してみましょう。まずは肉体面からです。

(私は視力以外は無問題なので、あえて同様の人々に呼びかける形で「私たち」という用語を使いますが)私たちにはどこにでも好きな場所へと出かけていくことのできる二本の脚があります。スケボー青年や乙武さんと比べて、又、不運にして脚があっても歩くことができない人に比べて、どれほど恵まれていることでしょうか。

また、生まれつき目の見えない人の背負う困難は、そうでない私たちに比べて、どれほど巨大なものでしょうか。この世界の光の感じ、生き物や美しい自然の姿を見ることのできる眼を持つ私たちは、生涯暗闇に閉ざされている人たちからすれば、それだけで幸せなのかもしれません。

同じことは、肉体のあらゆる部位や感覚器官についてもいえます。

手はまるで万能の道具です。何にでも触れることができ、操作することができます。手があれば、身の回りのことは、ほとんど自力でこなすことが可能です。耳があれば人々の声を聞き分け、自然の囁きや音楽を鑑賞することができます。鼻があれば花の芳しい匂いと危険な臭いを嗅ぎ分けることができます。舌があれば味わうことと話すことができます。手足や五感はなんと素晴らしいツールでしょうか。

このように、私たちがすでに所持している機能や能力について検討するならば、その一つ一つが素晴らしい可能性を秘めていることに気づかされます。ところが、人は自分がいかに恵まれているかを忘れ、つい「自分が持たないもの」に目を向けてしまいます。

ハンディキャップのある人々は、五体満足でありながら不平不満ばかり言っているそんな私たちを見て、「そんなに嫌ならオレと代わってくれ」と、それこそ“不満”に思うかもしれません。皮肉なことに、ハンデがあるゆえに一生懸命に生きようとする不屈の人々に対して、その悩みがないためにわざわざ別の悩みを見つけてくる私たちがいます。

よって、五体満足で生まれた人は、そうでない人たちに比べて、まずは自分がすでに得ているものの大きな価値と可能性を理解し、そのことに感謝しましょう。

だから、結局は「心の持ち方」といえるでしょう。つまり、思考を正しくコントロールすることが重要です。脳は何でも想像し、考えることができます。人体の中でも最高の道具です。これをプラスに使えば、どんなことでも可能です。自分で自分を「心の地獄」へと追いやるのは、マイナスに使っているからです。

以上は、私たちにとって肉体の基本的な持ちものですが、それ以外の先天的・後天的なプラス面を数えることも、絶望の回避に十分役立ちます。たとえば、それまで獲得した知識や能力、経験などです。どんな人にもその方面での何らかの資産があります。また、人によっては健康・体力・容姿・経歴・学歴なども資産に数えられるかもしれません。年齢が若い人は「時間」を含めてもよいでしょう。それだけチャンスが多いことを意味します。少しでも利用可能であれば、条件はどんどん広げても構いません。家族や友人などの存在も、あなたにとっては社会的資産――もっともそれに恵まれた人は元からあまり絶望しないでしょうが――のうちです。すべては突破口を穿つ上で助けになります。

このように、「自分がすでに持っているもの」を整理してみましょう。人生に絶望するのはその後からでも遅くはありません。

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