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なぜ宗教は堕落してしまうのか? 2・組織化が進むと道を踏み外す

撮影:Takaaki Yamada

前回の続きです。

次の顕著な堕落もまた人間ならではの欠点に由来するものです。それは、組織・団体が作られると、宗教は極めて堕落しやすいということです。

原始時代にあっては、信仰は当初、大自然に対する畏敬の念や、超越的存在に対する崇拝感情、又それらに対する感謝と犠牲の儀式といった形態から始まります。やがて社会や文明が発達するにつれ、それらの漠然とした想いを「教え」としてまとめ、その他大勢に対して説く者が現れ始めます。さらに、文字の発明後は、書き記す者が現れます。言葉は、形のない霊的知識を情報化・概念化しますが、文書はさらにそれを固定化させ、次世代へと継承することに役立ちます。文書として書かれた言葉には、口伝よりも真理として人々に訴えかける力があります。それゆえ、それは権威化し、次第にドクマと化していきます。

こうして、当初は漠然とした信仰が徐々に形を整えていくようになり、やがては教義や様式がはっきりと定まった「宗教」へと洗練されていきます。しかも、一定のレベル以上に形を整えることに成功すると、本当は真理の断片であるにも関わらず、さも完全な真理であるかのように人々を錯覚させる力を持ちます。それゆえ、当初は少なかった信仰者もどんどん増え始め、やがては巨大な集団と化してゆきます。それにつれ、その宗教集団は階層化を免れず、組織としての形を整えていく必要に迫られます。

こうなると、その教団はもはや一つの有機体です。しかも、教義という唯一絶対の価値観によって人々の精神を支配する、極めて独裁的な、そして結束力の強い集団です。「自分たちこそがこの世でもっとも正しい」と信じている集団なので、外部との軋轢も多く、自己保存本能が強い。すぐに組織の維持自体が自己目的化していきます。

しかも、大きな組織を維持するには、それだけの経済的基盤も必要です。必然的に信者からの寄付や労働力の搾取に依存するようになります。その収入を増やしたいということと、真理を広めたいという欲求の、聖俗両方の動機から組織はますます教勢を拡大しようとします。その際に彼らの掲げる教義が「精神商品」として利用されるようになります。

こうして、宗教組織は権力と既得権益の塊と化し、政治的な存在となります。彼らが実際の権力を持つと、恐ろしいことになります。たとえば、自己保存のために異端の教義や反対者を激しく攻撃するだけでなく、宗教警察や軍隊を作り、滅ぼそうとさえします。かくして、組織と権力を守るために、人間の道すら外れるようになるのです。

それゆえ、大きな組織と化した時点で堕落が免れないことに気づいた一部の人々は、小規模な自給自足の共同体を作り、世間から距離を置くべきだとの結論に達しました。ユダヤ教エッセネ派の村落やキリスト教の修道院、日本の禅堂などは、そのように大組織からも自らを隔離することで、個々が真理の追究に専念できるよう、設けられたものです。

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