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世界を変えたければまず自分が変わること

撮影:Takaaki Yamada

さて、前回、私たちは悪の内側にいる、ないしは、私たちの中にこそ悪はある、という話をしました。集合意識という考え方が理解の助けになるかもしれません。

それゆえ、世の中の悪を減らしたければ、迂遠なようですが、結局は心の教育・霊的向上という「内面に向けた対策」をやっていく他ないと。

ところで、前回は「悪を真に滅ぼすには?」という観点から述べましたが、これは「世界を平和にするにはどうしたらよいか」という問いと、結局は同じことです。

サイババさんはその方法として次のように言っています。

人々は世界平和を語ります。しかし、どのようにしたら世界に平和を確保できるでしょうか? その答えになる方式はこうです。

「心のなかに正義があれば、性格に美が生まれるだろう。性格に美があれば、家庭に調和が生まれるだろう。家庭に調和があれば、国家に秩序があるだろう。国家に秩序があれば、世界に平和があるだろう。」

これで分かるように、世界平和に通じる鎖の最初の輪は正義すなわちダルマであります。ダルマとは正しい行為の別名にしかすぎません。しかし、正しい行為の前提条件は正しい想念です。言い換えれば、平和は個人から始まり、それが徐々に広がってゆかねばなりません。家庭または家庭から村へ、国へと伸ばしてゆけば、最後には全世界を覆うようになります。

『サティア サイババ ブリンダヴァンの慈雨』(P106)

つまり、世界平和を実現する鍵も、結局は個々にあるというわけですね。

たしかに、政治のやれることも大きい。平和運動も真の人格者がやる限りにおいては人々の啓発に役立つでしょう。既存の宗教組織もメッセージを発することができます。

しかし、それは決して根源的な対策ではないということです。あえていえば、手段の一つにすぎません。原因そのものは、私たちの心の中にあるのです。

それらはすべて大事なことですが、結局は個々の変革、つまり、人々の「霊的な向上」が伴わなければ、悪を隠した見せかけの平和に終わってしまうわけです。

今日、自分の中に平和がないものや、他者と平和な関係を築けないものが、人々の注目を集めるために声高に平和を訴えるという偽善と自己陶酔がまかり通っています。

しかし、世界に向かって平和になれと言う前に、私たちは謙虚に自問自答してみるべきです。「世界にそう要求する自分はどうなのか?」と。すると、まず自分自身が変わらなければならないことに誰もが気づくはずです。かくいう私もそうです(笑)。

まずは、あなた自身が変革しましょう。そして、自らの対人思考・言動・態度を変えることによって、家族や周囲の人間関係に肯定的な変化をもたらしてみましょう。

この個々の実行こそが、現象面に存在する悪を少しずつ減らしていくことなり、サイババさんもおっしゃるように「最後には全世界を覆う」結果に繋がっていくと思います。

地道で、遠回りなようですが、結局はこれが一番の近道ではないでしょうか。

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