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働くことの意味 1・社会の恩を知り、己の役割を果たすことで恩返しする

出典:Pixabay CC0 Public Domain

私たちの社会は、誰もが何らかの仕事をすることによって成り立ち、正常に機能しています。大きくは二つの部門があります。一つは、物質面とソフト面における富の生産・流通を担う部門です。衣食住に関連するもの、様々な身の回りの製品、エネルギー、運輸、小売、情報、サービス、文化、はては娯楽に至るまで、この部門に含まれます。もう一つは、生産・流通には直接携わりませんが、社会の調節や維持に欠かせない部門です。政府・自治体、教育、医療、福祉、警察・消防、軍隊などがこの部門に含まれます。この二つの部門が互いにバランスを取りながら補完しあうことによって、世の中は正常に動いています。

私たちの誰もが、この仕組みの中で何らかの役割を果たしています。シャツ一枚にしても、綿を生産する農家、それを輸送する鉄道・船舶・トラック、それを繊維に加工する工場、繊維から衣類を作る工場、完成品を売る小売店・・といった一連のチェーンを経なければ、私たちの手元に届くことはありません。見方を変えれば、私たちはこのような社会のシステムに依存することによって暮らしていくことができるのです。

そういう意味で、私たちは他者に生かされている存在です。「皆さんのおかげです」というのは、何かの謙遜ではなく、単なる事実なのです。とりわけ、高度な文明生活を享受することができるのは、大勢の人々の不断の努力のおかげです。

サイババさんは次のようにおっしゃっています。

人間は社会より受けている恩と、社会にたいする義務とを認識しなくてはならない。今日の社会の直面する難題の解決には、これがもっともよい方法である。

『すべてはブラフマンなり』(P89)

私たちは社会の恩恵なくして生きていくことはできません。まずはそのことを自覚すべきだというのが、サイババさんの主張です。この「恩恵」の存在を知り、自分がその享受者であるという事実を認識するなら、私たちは「人々に生かされているのだ」という感謝の念を持つことができます。そうすると、「自分も何かお返ししなくては」という想いが自然と沸いてきます。それは社会に対する義務感と言い換えることもできます。

ただ漫然と働くよりも、こういった認識をベースにして働いたほうが、精神的にはより実りが多いのではないでしょうか。

誰にでも何らかの役割がある

このように、私たちは互いに助け合い、支えあって生きています。その顕れが「社会」なのです。それを自覚するなら、自ずと己の果たすべき役割も見えてくると思います。

人のなすべき最善のこととはなにか。各人はそれぞれ自分の属する社会の一員としての義務、仕事、役割を持つ。義務を行い、仕事に従事し、あたえられた役割を最善をつくして行いなさい。それによって自分自身を充実させることができる。身体は、手足、筋肉、神経、血管、細胞がそれぞれの義務を能率よく行うとき、健康に楽しく暮らすことができる。工場や社会もまた、労働者や社会のメンバーがそれぞれの義務をはたし、機能を十分果たすときに、幸福であり健康である。

『すべてはブラフマンなり』(P98)

誰しも、何らかの役割があります。人体に例えれば、全員が「頭」の役割を担うわけにはいきません。ある人は「手足」の役割を担わねばなりません。適材適所がうまくいかないと、その人にとっても、社会にとっても悲劇です。ただ、もし一心不乱に「内なる声」に耳を澄ますなら、きっとあなたが本当にやりたいこと・やるべきことが見つかると思います。あなたの潜在意識は神と繋がっています。そして、そのような仕事なら、誰もが進んで全力を尽くそうとします。それがまた社会への奉仕になります。

ただし、私たちは持って生まれた性質以外にも、様々な制約を抱えています。誰もが己の本来の役割を通して社会のために何かしたいと内心では思っていますが、今生でその望みが叶わないこともあります。そのような場合、何でもいいから、とにかく働くことが重要です。自分のやりたいことがやれないからといって、何もしないよりは、そのほうがいいのです。働くことによって、誰もが何らかの形で他者に恩恵を与えることができます。

それが決してあなたの本来の才能でなくとも、とにかく働くことによって、この社会において何かしらの役割を果たすことができます。また、それによって、とりあえず社会において自分の居場所を確保することができます。「社会の一員である」という気持ちは、何にも変えがたいものがあります。仮に自分の持って生まれた才能や使命を発見できない場合には、とりあえず働くことそのものに役割を見つけましょう。

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