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スティーブ・ジョブズ氏の一番の愛読書を紹介する

「あるヨギの自叙伝」表紙  森北出版 (1983/9/1)

あるヨギの自叙伝
一昨年、逝去した世界的なカリスマ経営者は、いったいこの本の何に魅了されたのだろうか――。おそらく、そう思って興味本位でページをめくる方は、あまりの内容にぶっ飛ぶはずである。なにしろ、ヨガを極めた聖者による驚くべき奇跡的現象がこれでもかというくらいに詰め込まれている。

たとえば、在宅しながら遠く離れた場所に同時に現れる、近未来を予知する、病をたちどころに治す、虚空からモノを物質化する、人を操る、空中を浮遊する、死んだ人が出現する、あの世に出入りする、死者が甦る、等など。まさに超常能力のオンパレードなのである。しかし、本のポイントはそこにあるのではない。

表紙の人物がインドの聖者であるヨガナンダ(*僧侶名で本名はムクンダ・ラール・ゴーシュ)だ。この本は、彼が師事した驚嘆すべき大師たちとその霊的な教えを、数々の奇跡的なエピソードと共に記した自伝である。彼は直接師事した聖者だけでなく、同時代のタゴールやガンジーとも語らい、その生涯においてインド中の聖者を訪ね歩いている。

おそらく、年季の入った日本の経営者なら、常識人としての評判が損なわれることを恐れて、この本を愛読書に挙げることに躊躇するかもしれない。しかし、ジョブズ氏はそんなことに構う人ではなかったようだ。彼がヨガナンダをはじめとする聖者たちの生き様と彼らの語る深遠なインド哲学に強い畏敬の念を抱いていたことは想像に難くない。それは今日、世界を覆い尽くしている守銭奴資本主義とは対極に位置するものであり、そういう意味で古代の英知ながらも現代人にとっては新たな価値観と生き方を指南する書である。

できれば、冷やかし半分でなく、真摯な気持ち読んでいただきたい。晩年のゴーギャンのような苦悩に取り付かれている人ほど、この本は一読に値するはずである。



「あるヨギの自叙伝」概要:ネタバレ注意

1893年、ムクンダは鉄道会社の重役を務める比較的裕福な家庭の次男として生まれた。一家は極めて道徳的であった。両親はすでに聖者ラヒリ・マハサヤの弟子であり、物質的富には無関心であったが、世俗の暮らしを送っていた。ムクンダは前世から引き継いだ資質により、子供の頃から瞑想にふけり、ヒマラヤへの強い憧れを持っていた。

ティーンエイジャーのある日、ベンガルの市場の雑踏にある小路で一人の老人に出会う。それが生涯の師となる聖者スリ・ユクテスワとの“再会”であった。彼を見て、突然、前世を思い出したムクンダ少年は迷わず師の足元に跪く。そして彼の僧院に通って修行の日々を送る傍ら、大学にも通い始める。やがてムクンダは学位を得て卒業し、教団からも正式に僧侶として認められ、ヨガ+アーナンダ(至福)という意味でヨガナンダという名を得る。

ヨガナンダは、ヨガに基づく理想の人間教育をしたいという熱意を持っていたので、ビハール州の町に学校を開設する。彼の学校はたちまち評判をよび、大きくなる。そんなある日、彼は瞑想でアメリカの光景を見た。その直後、ボストンで開催される宗教会議の招待状を受け取る。実は西洋への布教こそ師によって与えられた「使命」だったのだ。

1920年、ヨガナンダは渡米。そのまま居つき、ヨガの布教を開始する。25年にはロサンゼルスにヨガ組織の本部Self-Realization Fellowshipを設立。以後亡くなるまで無数の講演をこなし、西洋においてヨガの布教に努める。52年、使命を終えた彼は、ヨガの奥義である「意識的に肉体を脱ぎ捨てる」行為によってこの世を去る。

古代インド哲学の紹介こそ本書の核心

さて、このような生涯にあって冒頭で紹介した奇跡の数々がさも当然と言わんばかりの筆致で語られるわけだが、本書はなぜそれが可能かという理由も詳しく解説している。ヨガナンダやその師によると、この世界はそもそも神が作り出した幻であり夢である。人間はその夢の世界を現実と錯覚して生きており、物質は実体のない波動に過ぎない。

なんでも人は“死んだ”直後に「なんだ、これまでの人生は夢だったのか」と気づくらしい。だから、人が己の夢の内容を改変可能なように、神と完全に一体化するレベルにまで意識を高めた人物は、意のままに物質を具象化したり、定められた事象を変化させたりすることができるのだという。

このような奇跡とその理論を「科学的にありえない」とか「ナンセンスだ」と片付けてしまうことは、実に容易い。ただ、嘲笑したり、一刀両断したりする前に一読するくらいの労を取ってもバチは当たるまい。また、本書が繰り返し重要性を説く瞑想の行を試してみるのも一考ではないだろうか。

それに重要なことは“奇跡”ではない。超常能力はあくまでヨガを極めた者に付随するものに過ぎず、目的は神との合一である。そのためには欲望や執着を完全に捨て去ることによって最高の道徳状態に達する必要があるという。インドの聖賢たちが代々継承してきたこのような哲学こそが本書の要諦なのである。

ヨガナンダの師スリ・ユクテスワは「いっさいの人間苦は宇宙法則に対して何らかの違反を犯したことから生ずる」と説く。人は自我に基づいて行為をすると必ず因果(カルマ)の種を蒔き、それを刈り取るために死後再び肉体への下生を余儀なくされる。これこそ唯一者が定めたこの世の“ルール”なのだ。

この繰り返しを通して、人は経験を積み、次第に意識を高め、欲望と執着の対象とするものが実体のない幻であることを悟り、やがては神(=大霊=ブラフマン)との合一へと至る。ヨガとは、この迷妄の期間ないしは人間としての修行期間を短縮してくれる救いの方法だというのが、彼らの訴えるところだ。

このような教えは決して日本人にとってなじみのないものではない。それもそのはず、多くの日本人はこれを仏教の教えだと思っている。しかし、「輪廻転生」や「因果の法則」は、本当はヒンドゥ教の教義なのである。

この自伝では、聖者たちの口からその精髄が様々なエピソードと共に現代語で語られている点に意味がある。数々の奇跡現象はあくまで人々の注意を引き付けるための前座に過ぎない。いわばケーキのデコレーションのようなもので、ケーキの味に当たるのが聖賢たちによって守られてきた太古の英知である。

本書が言外に示唆する壮大な人類再教化の計画と日本の使命

それを広く現代世界へと解き放ち、東西文明の融合を図らんとするのが、ヨガナンダとその師たちの意図である。そのために、とりわけ西洋世界の興味を引き付ける目的で書かれたのが本書なのだ。ただ、熱心な読者の中からスティーブ・ジョブズ氏のような現代の偉人が生まれたことで、また東洋世界にもフィードバックされる効果が生まれるであろう点が実に興味深い。こうした相乗効果により東と西が互いを高めあい、ついには一つの地球文明を創造するように促すことが、インドの聖者たちの企てなのである。

本書にはとりわけ超人的な(というよりほとんど神話の域に近い)大師が登場する。ヒマラヤに住む聖者マハアヴァター・ババジである。外見は若者だが、年齢は約1800歳と考えられる。不死の人物であり、人類の霊的進化を促す仕事をしている。本書ではババジがヒマラヤの山中にどどーんと黄金と宝石でできた宮殿を物質化するエピソードが語られている。彼は何度かヨガナンダの前にも現れている。

ババジは、一説によると、遠い未来の人々のために運命の呪縛を克服する手助けをすべく個人の予言を数多く残した聖者アガスティアの弟子とも言われる(この記述は本書にはないのであしからず)。

このババジの弟子の一人が、ヨガナンダの父の師でもある聖者ラヒリ・マハサヤである。このマハサヤの弟子が、ヨガナンダの直接の師であるスリ・ユクテスワである。つまり、暖簾分けでいうと、「ババジ→ラヒリ・マハサヤ→スリ・ユクテスワ→ヨガナンダ」という関係性である。ババジからは代々、「クリヤ・ヨガ」と呼ばれる神との一体化を早める技法が伝授されている。ババジはこの三人にそれぞれ重要な任務を背負わせている。

ラヒリ・マハサヤの任務は「新時代のヨギ」の手本となることである。彼は俗世界で仕事をし、家庭を持ちながら、同時にヨギでもある。まったく普通の仕事人であり家庭人でありながら、その精神性においては聖者なのだ。彼はその手本をまっとうした。

その弟子スリ・ユクテスワの任務は「ヒンドゥ教とキリスト教の融合」である。彼はババジの頼みで、新約聖書をヨガ視点でまったく新たに解釈してみせた書を記した。イエスと弟子たちは、実はインドの聖者たちとまったく同じ種類の人物であった。イエスが見せた奇跡現象の数々は、誇張や比喩ではなく、彼のヨギとしての能力だったのである。インド哲学のフィルターで見ると、まるでレンズの焦点があったようにキリスト教の真髄を理解することができる、というわけだ。前述のように、仏教もまたヒンドゥ教のスピンオフであるから、これで一挙に東西の形而上学的分裂が解消されることになる。

そして、その弟子パラマハンサ・ヨガナンダの任務は、以上に記した通りだ。彼はとりわけ西洋へと伝道する使命を帯び、書物を通してヨガとインド哲学を広く西洋人に知らしめた。それは当時、西洋で勃興しつつあったスピリチュアリズムと融合し、今日に至る。

こうして、一世紀もかけて、日本も含めて、広く西側世界に「ヨガ」というものが広まった。今はまだかなり誤解されているが、ジョブズ氏がそうであったように、その重要性に気づく人がこれからもどんどん増えていくだろう。これはババジまた彼に指令を与えた神による、太古の英知の「再布教計画」の一環なのである。

なぜそんなことを彼らが企図しているのかというと、私が想像するに、科学的教養と霊的教養が融合した新たな21世紀型の文明を創造するためであり、またそうしないと物質主義の暴走で人類そのものが滅びかねないからだと思われる。そして、彼らの危惧は次第に現実化しつつある。

私が思うに、日本は世界でもっとも早く東西文明の融合に着手した国である。それゆえ、このような21世紀型の文明を世界で初めて築き上げ、人類全体の手本・雛形となるべく運命付けられていると言えないだろうか。私はこれから多くの日本人がこの大いなる任務に従事するために続々と立ち上がっていくと勝手ながら確信している。最後に本書に記されているマハアヴァター・ババジの予言を紹介して筆を置きたい。
「クリヤ・ヨガは、神を知るための科学的技法として、ついにはあらゆる国々に広まるだろう。そして、各人が超感覚的知覚を通して無限の父に目覚めるようになり、それが国々の和合のうえに役立つだろう」

2013年05月25日「アゴラ」掲載

あるヨギの自叙伝