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仏教の教え――仏教徒は本来どのような戒律を守るべきか(在家者編)

前回の続きです。

次にブッダさんは、在家の者の行うつとめを語りました。

「ウポーサタ」という言葉が登場しますが、戒律を読み上げて信者としての誓いを確認したり反省したりする儀式のことらしい。月に二、三回ほどやるようです。



在俗信者のための戒律

(以下引用)

このように実行する人は善い〈教えを聞く人〉(仏弟子)である。純然たる出家修行者に関する規定は、所有のわずらいある人(在家者)がこれを達成するのは実に容易ではない。

生きものを(みずから)殺してはならぬ。また(他人をして)殺さしめてはならぬ。また他の人々が殺害するのを容認してはならぬ。世の中の強剛な者どもでも、また怯えている者どもでも、すべての生きものに対する暴力を抑えて――。

次に教えを聞く人は、与えられていないものは、何ものであっても、またどこにあっても、知ってこれを取ることを避けよ。また(他人をして)取らせることなく、(他人が)取り去るのを認めるな。なんでも与えられていないものを取ってはならぬ。

ものごとの解った人は淫行を回避せよ。

燃えさかる炭火の坑を回避するように。

もし不淫を修することができなければ、

(少なくとも)他人の妻を犯してはならぬ。

会堂にいても、団体のうちにいても、

何びとも他人に向って偽りを言ってはならぬ。

また他人をして偽りを言わせてもならぬ。

また他人が偽りを語るのを容認してはならぬ。

すべて虚偽を語ることを避けよ。

また飲酒を行なってはならぬ。

この(不飲酒の)教えを喜ぶ在家者は、他人をして飲ませてもならぬ。他人が酒を飲むのを 容認してもならぬ。――

これは終に人を狂酔せしめるものであると知って――。

けだし諸々の愚者は酔のために悪事を行い、

また他の人々をして怠惰ならしめ、(悪事を)なさせる。

この禍(わざわい)の起るもとを回避せよ。

それは愚人の愛好するところであるが、しかしひとを狂酔せしめ迷わせるものである。

(1)生きものを害してはならぬ。

(2)与えられないものを取ってはならぬ。

(3)嘘をついてはならぬ。

(4)酒を飲んではならぬ。

(5)淫事たる不浄の行いをやめよ。

(6)夜に時ならぬ食事をしてはならぬ。

(7)花かざりを着けてはならぬ。芳香を用いてはならぬ。

(8)地上に床を敷いて臥すべし。

これこそ実に八つの項目より成るウポーサタ(斎戒)であるという。

苦しみを終滅せしめるブッダが宣示したもうたものである。

そうしてそれぞれ半月の第八日、第十四日、第十五日にウポーサタを修せよ。

八つの項目より成る完全なウポーサタを、きよく澄んだ心で行え。

また特別の月においてもまた同じ。

ウポーサタを行なった(ものごとの解った人)は次に、きよく澄んだ心で喜びながら、翌朝早く食物と飲物とを適宜(てきぎ)に修行僧の集いにわかち与えよ。

正しい法(に従って得た)財を以て母と父とを養え。正しい商売を行え。つとめ励んでこのように怠ることなく暮している在家者は、(死後に)〈みずから光を放つ〉という名の神々のもとに赴く。

(以上、中村元訳『ブッダのことば』(スッタニパータ)P81~83より引用終わり)

同書の注釈によると、「特別の月」については諸説あるようです。たとえば、当時のインドの雨季の3ヶ月間と、その前後の月を合わせた5ヶ月間というふうに。

「正しい商売」とは、武器・生きもの・肉・酒・毒の売買を除いた商売のことを指すそうです。別の解釈では武器の代わりに人間の売買になります。

以上、本来の仏教徒というのは、とても戒律が厳しいんですね。