スポンサーリンク

「死を悲しまず、赤子の誕生を祝福せず」という価値観

私は下の記事でブライアン・ワイス博士を取り上げました。

ブライアン・ワイス博士はアメリカの精神医学者であり、前世療法(past life therapy)の第一人者である。1944年にNYで生まれ、コロンビア大学を卒業後、医者になるべくイェール大学医学部で博士号を取得した。その後、各地の医療現場

ワイス博士はイェール大学医学部で博士号を取得した精神医学者であり、前世療法(past life therapy)の第一人者です。これまで4千人以上の患者を退行催眠によって前世へと遡らせることに成功したという。ワイス博士はそうやって患者のトラウマの根源を探り、追体験させることで、多くの患者を治療してきました。それだけでなく、治療中に時空を超越した意識にある患者から驚くべき霊的真理の数々も引き出してきました。

今回はその一つを紹介します。



あるアメリカ先住民族のユニークな死生観

それはエリザベス(仮名)がアメリカ先住民だった頃の人生でした。

もちろん、それは彼女が退行催眠中に追体験した前世の話です。それは私たちが通常の意識の時に「過去を思い出す」といったレベルのものではありません。

その時にどんな光景を見て、どんな臭いがして、どういう手触りを感じたか、五感の記憶がすべて鮮明に蘇ってくるほどのリアルな経験です。

まさに患者は「その瞬間」に戻るわけです。

だから、過去世における病死や被殺害などの経験を思い出す人は、それを追体験するわけで、呼吸が乱れ、汗をかき、ひどく苦しそうにします。退行催眠によって過去を思い出す(又は過去に行く)とは、そういうリアルな経験だと、ご理解ください。

過去のエリザベスがいた場所は、海に近いところで、湿地帯があり、魚がたくさん獲れる自然の豊かな土地でした。博士はフロリダ南部ではないかと推測しています。

エリザベスは回顧します。

「私たちは平和に暮らしています。とても幸せです。家族は大勢います。村中に親戚がたくさんいるみたいです。私は木や草の根のこと、植物や薬草のことをよく知っています・・・。植物から薬を作ることもできます・・・。ヒーリングの方法を知っているのです」

この述懐に対して、ワイス博士は自分の率直な感想を次のように記します。

 アメリカ先住民の文化では、ヒーリングのための薬草の利用や、それ以外のホリスティックな療法は違法とはされていなかった。西洋では魔女と呼ばれて、水の中に投げ込まれたり、はりつけになって焼き殺されたりしたのに、アメリカ先住民のヒーラーたちは人々から尊敬され、崇められてさえいた。

ワイス博士はエリザベスに対して、その人生を「先」に進むように告げました。彼女は晩年を思い起こしました。ワイス博士はその様子を次のように記します。

「私が死んだ時、悲しむ人はほとんどいませんでした」

自分のしなびた体の上に浮かび上がったあと、下に繰り広げられている場面を見下ろしながら、彼女は言った。

「村中のほとんど全員が集まっていますけど」

誰も悲しんでいないからと言って、彼女はまったく気にしていなかった。

彼女に対し、そして、彼女の遺骸、魂に対しても、大きな尊敬の念がそこにはあった。悲しみだけが欠けていたのだった。

私たちは死を悲しみません。霊魂は永遠であることを知っているからです。まだその使命を終えていないならば、それは再び人間の形になって戻ってきます」

このアメリカ先住民の考えに対して、私は全面的に賛成します。

たしかに、人間は死ぬと終わりであり存在が完全に消滅してしまうと信じる人にとって、死は恐怖の対象であり、たとえ老衰死であっても、いかなるポジティブな考えも持ちようがないでしょう。しかし、「霊魂が元いた故郷に還るだけ」と信じる人にとっては、たとえそれが早逝や悲劇的な死であっても、「今生の別れ」に過ぎません。

親しい人の不自然な死は悲しむべきことですが、かといって生きている者が絶望的な悲しみに捕らわれると、かえってあの世にいるその人を悲しませてしまいます。とくに自分の人生を台無しにするほど過度に悲しむことは、有害でしかありません。

ましてや、天寿を全うした人に対して、「悲しむ」というのは筋違いではないでしょうか。反対に「おめでとう」という言葉を投げかけてもいいくらいです。

赤ん坊はこの世に生まれたことが悲しくて泣いていた?

アメリカ先住民だった頃のエリザベスの言葉を続けましょう。

「同じように、私たちは子供の誕生もあまり祝いません・・・霊魂と再会することは、うれしいことではありますが」

「地球はとても美しい場所です。ここでは常にすべてのものの調和とつながりを示しています・・・それは大きな学びです・・・しかし、ここでは生きてゆくのはずっと大変です。大いなる霊魂と共にいる時は、病気も、苦しみも、別れもありません・・・欲も競争も憎しみも恐怖も敵もありません・・・平和と調和があるだけです。ですから、地球に戻ってくる小さな霊魂にとって、こうした場所と別れることは、幸福なことではありえません。魂が悲しんでいる時に、私たちがお祝いするのは間違っています。そんなことはとても利己的で思いやりがありません」

「でもこれは、私たちが戻ってきた霊魂を歓迎しないというわけではありません」

「私たちの愛と同情を、この大切な時期に表現することは大切です」

(出典:ワイス博士著『魂の伴侶(ソウルメイト)』P76~77)

ワイス博士は、この先住民族のユニークな死生観を指して、「悲しみを伴わない死と、祝福を伴わない誕生」というふうに、興味深く書き記しています。

どうやらエリザベスの話からすると、「あの世」というのは、本当は「ずっといたい天国のような場所」なのかもしれません。だから「生まれる」ということは、そこから辛い厳しい環境へと移るということです。だから赤子はわんわんと泣く・・・。

まさかとは思いますが、実はサイババさんも類似のことをおっしゃっています。

人間がこの世に生まれてくるのは、「どれかの学科が合格点に達しなかったから」だと。

そして、次のような「歌」を弟子に対して披露しています(*歌の一部です)。

かれは悲鳴をあげてこの世に生まれ出た。

しかし、周囲には、ほほえむ顔とさんざめく祝宴があった。

「なんという悲劇よ。また生まれてしまった」

かれはそうと知って、声高に長く、泣きつづける。

しかし、人びとは赤児をあやし、笑わそうとして、笑ってみせる。

(出典:サティア・サイババ著『平安・冥想・大成就』P41~42)

つまり、赤ん坊は、本当は、生まれたことが悲しくて泣いている・・。

霊的真理というのは、世俗的な考えや常識としばしば反対であるという見本です。